大阪高等裁判所 昭和51年(う)283号 判決 1977年6月29日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
原審における未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入する。
押収してある小切手一六通(大阪高裁五一年押第一〇五号の一、四ないし一六、二〇、二一)の各偽造部分をいずれも没収する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人徳永正次作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、要するに量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査しかつ当審における事実取調の結果をも参酌して検討するのに、本件各犯行の動機、態様、罪質、実害の程度および被告人の前科関係ならびに生活態度、特に被告人は昭和四八年末ころよりい聯合松井組内松栄会名古屋支部長林松男の舎弟として俗にいう極道生活を送るうち、昭和四九年一〇月大津地方裁判所において覚せい剤取締法違反罪により懲役一年、三年間刑執行猶予保護観察に処せられ、厳に自重自戒すべきであるのに、更生の意欲に欠け一年も経過しないうちに同種事犯である原判示第五、第六の一および二の各罪を反復累行し、また、盗取した小切手帳(原判示第二)などを利用して偽造を遂げた小切手一六通(原判示第三の一および二、第四)の額面合計金は約九一〇万余円に達し、当該偽造小切手の行使を手段とする詐欺および取込詐欺による被害総額は金二〇〇万円をはるかに超え、その被害弁償は全くなされていないこと、これらの犯行はいずれも遊興費の入手を企図したもので、その動機は同情に値いしないことなどの諸事情に徴すると、その犯情は極めて悪質であり、原判決の量刑も、被告人に再犯の虞れが濃厚に認められた原判決時を基準とする限り、あながち首肯できないわけではない。しかしながら、原判決後の昭和五一年四月九日より被告人は精神分裂病に特有の症状である著明な幻覚妄想状態を呈し、間もなく愛知県海部郡甚目寺町大字上萱津字西ノ川八番地所在の好生病院の医師請井武士(院長)から精神分裂病の診断を受け、以来継続して同病院において入院または通院による治療を受けているが、その病状は好転しないまま、幻覚妄想状態が顕著で、談話がまとまりなく、かつ著しく人格が低下して無気力、痴呆状態にあり、両親および内妻の監護のもとに自宅療養を続けながら定期的診察・治療を受けていたが、最近に至り再び病状が悪化して入院し、将来、寛解または治癒の見込は殆んどないことが認められ、(医師請井武士作成の診断書五通および裁判所書記官木下正男作成の報告書)右のような精神状態にある被告人の矯正処遇としては、刑罰そのものの効果に期待するよりも、周到な治療措置が肝要であると解されるから、現時点において、いまなお原判決の量刑を維持するのは被告人に酷に失し、できる限り早い機会に近親者の協力のもとに医療が受けられるように、その刑期を軽減するのが相当である。結局、論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により自判するに、原判決が適法に確定した罪となるべき事実に原判決挙示の各法令を適用した刑期範囲内において、被告人を懲役二年に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入することとし、同法一九条一項一号二項により主文第四項掲記の小切手一六通の各偽造部分を没収することとして主文のとおり判決する。